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広島高等裁判所 平成8年(く)24号 決定

少年 M・H(昭和52.7.16生)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意及び理由は、附添人弁護士○○作成の抗告申立書に記載されているとおりであるから、これを引用する。

論旨は要するに、少年を中等少年院に送致した原決定は、その処遇が著しく不当であるから、原決定を取り消す裁判を求める、というのである。

そこで、一件記録を調査して検討する。

1  本件は、少年が、(1)Aと共謀の上、B(21歳)が、C子(16歳)と付き合っていることに因縁をつけ、Bから金員を喝取することを企て、平成8年5月14日午前6時30分ころ、広島市○○区○○所在のアパート○○荘××号室に同人を連れ込み、Aにおいて、木刀を振り回したり、Bの胸部を足蹴りするなどし、少年において、ナイフを畳に突き立て、「わしの女に何で手を出すんなら。死にたいんか。事務所に連れて行くど。指を詰めるんか。」「そうなりたくなかったら300万円用意せい。」等と脅迫して金員を要求し、Bから現金300万円を喝取しようとしたが、同人が警察に届け出て右要求に応じなかったため、その目的を遂げず、(2)業務その他正当な理由がないのに、前記日時場所において、刃体の長さ約9.3センチメートルの折りたたみ式ナイフ1丁を携帯し、(3)公安委員会の運転免許を受けないで、同日午前8時ころ、広島県廿日市市内のB方前路上において、軽四輪貨物自動車を運転し、(4)同日午後零時ころ、広島県呉市○○所在の○○アパート内D方において、E子(16歳)がC子を連れ回していることに立腹し、E子に対し、「お前が連れて逃げとったんか、許しゃあせんぞ。」等と怒号し、やにわに同人の頭部、顔面、腹部、背部等を数回足蹴りし、さらに顔面等を数回殴打し、「お前そがにシンナーが好きか、あるだけみな吸えい。」等と怒号しながら同人の頭部にシンナーをかけ、所携のライターで火を放つ暴行を加え、(5)同月15日午前1時ころ、前記B方前路上において、前記(1)の暴行、脅迫により畏怖しているBに対し、「車は銭と引き替えじゃ。」等と申し向け、右要求に応じないときはさらに暴行など危害を加えるかも知れない気勢を示して、同人から軽四輪貨物自動車1台(時価20万円相当)の交付を受けて喝取し、(6)C子と共謀の上、〈1〉同月16日午前6時50分ころ、前記B方の無施錠の風呂場窓から屋内に故なく侵入し、同人に対し、少年において、「わりゃあ何で電話をせんのんや。お前わしをなめとるんか。銭は容易できたんか。」等と怒号し、やにわに、同人の右腕を足蹴りしギタースタンドで左肘や背中を殴打し、所携のナイフを右手に握り込み顔面を数回殴打し、更に、同人の手の甲にナイフを突き立て、C子において、ギタースタンドで同人の背中を殴打するなどの暴行を加え、よって、Bに対して2週間の通院治療を要する顔面鼻部挫傷、腰部背部打撲創、右前腕部挫創、左手背部刺創、左肘部打撲及び皮下出血の傷害を負わせ、〈2〉また、同日午前7時ころ、畏怖した同人を軽四輪貨物自動車のドアの無い後部座席に座らせて監視し、同車を同所から広島市○○区○○まで疾走させ、同日午前8時30分ころまで同人が脱出することを不能にし、もって、約1時間30分にわたり同人の自由を不法に拘束して逮捕監禁したという事案である。

2  本件非行に至る動機ないし経緯をみると、少年は、高校生活に馴染めず2年で退学して通信制の高校3年に編入して卒業し、平成8年4月○○短大に入学しているものであるが、高校を退学する以前から喧嘩を繰り返し、女友達と家出したりし、本件直前の平成8年4月下旬には、母から叱責されて同居していたC子とともに家出し、友人方に泊めて貰うなどするうち、C子が居なくなり、同女の行方を探し回った挙げ句、Bが同女を連れ回しているのではないかと思い込み、かつ、E子の母親からE子らがBから合計200万円位に相当する金品を貰っていると聞いたため、同人を問い詰めてC子の居所を探し当て、かつ、右200万円より多い300万円を脅し取ろうと考えて本件各非行に及んだものである。

3  その非行の態様は、暴力団まがいの言動に及び、特に、Bの手の甲にナイフを突き立てて刺創を負わせたり、E子の頭髪にシンナーをかけてライターで火をつけるなどの危険な行為に出たほか、本件を全体としてみて、執拗かつ悪質である。

4  本件非行の根ざす少年の性格ないし行動傾向についてみると、少年は、自分は善で正しいといった思い込みが激しく、独りよがりの主観的な思考に陥りやすい自己中心的な性格傾向を有し、他者に対して、共感性に乏しい一方的で、支配的、強圧的態度に出がちで、暴力志向も強く、激情に駆られて爆発的ないし短絡的な行動に出やすい特性を有する。また、少年は、他者に責任を転嫁する傾向が強く、本件各非行の動機、原因についても、他者の非を強く主張して責任を他に転嫁しようとするなど、その罪障感は乏しい。

5  少年の保護者等の指導、監護能力についてみると、父親は従業員数十名を使用する○○鉄工所を経営していたが、少年が高校1年の時死亡し、母親は腎臓病のため、少年に対する愛情、監護意欲はあるが、少年を適切に指導、監護することを期待できるとはいえない。少年の父方祖父母及び母方祖母も少年の行く末を心配し、特に父方祖父母は、Bに対し損害賠償金150万円を支払って示談を成立させたほか、少年を監督し今後の立ち直りを図るため、少年及び母とともに同居してもよいとの意向を有しているが、祖父母の年齢及び前記少年の性格ないし行動傾向に照らすと、そのことが少年の更生に実効ある手だてとなりうるとは認められない。その他、少年を指導、監護すべき有効な社会資源は見当たらない。

6  以上に述べた本件非行の動機、態様、少年の性格ないし行動傾向等に照らすと、今回の非行は、少年の人格的な問題に起因するものとみなければならず、本件が1回性の非行と考えることはできない。このような少年の要保護性は強く、在宅の保護観察によっては少年の改善、更生を図ることは難しいのであって、この際、少年を中等少年院に収容して、健全な社会意識や自己像、他者への共感性を育み、現実の生活への適応能力を育てることが肝要であると認められる。

もっとも、少年は、その成育の途上で○○鉄工所の後継者として他者に対して優位ないし強くあらねばならないといった意識を持つようになり、そのことが少年の歪んだ自己像や他者への思いやりといった情性の欠如をもたらし、前述の性格ないし行動傾向として表われているところ、少年の資質、能力に通常人と劣るところはなく、過去にさしたる非行歴がないこと、現在少年に自己の問題点について考える姿勢が芽生えていることなどにかんがみると、継続的、集中的な指導と訓練により、その矯正と社会復帰を期待できないとはいえず、著しい性格の偏りがあり反社会的な行動傾向が顕著であるとまで認められないから、少年院収容期間は比較的短期で足りるものと思料する。

よって、少年を中等少年院に送致した原決定は相当であって、本件抗告は理由がないから、少年法33条1項後段、少年審判規則50条により、これを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 荒木恒平 裁判官 松野勉 山本哲一)

抗告申立書〈省略〉

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